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自分の居場所

 ちょうど実家に帰っていて、どれぐらいの期間いるのだろうかともあまり考えていなかったのですが、たった1日で帰ることにしました。それは、考え方の違いというか、根本的に一緒に暮らせないな、と思ったからでした。閉塞した自分の人生を呪うことしかできず、他人の失敗を批判することしかできない自分の親に辟易した、というのがあります。


 未来志向ではないのは良いのですが、失敗から何を学び、どう次に繋げるのかという話ができなかったのが残念です。わたしの家も自営業を廃業したので、よく分かっていたのですが、どうしてそうなったのかというと、営業をせず、チョットでも気に入らないことがあれば、取引先を切っていったからという事でした。


 その根源となった感情は、父親は仕事を継ぎたくなかったという事でしたし、やりたいことなんかできないのが世の中だということしか言えない親とは一緒にいられないな、と思ったのです。ツイッターで、幸せになるならネガディブから離れることだし、そういう情報からも離れることだという投稿を見つけ、幸せの連鎖を生むためにもそういう小さな努力をしていかないといけないなと思いました。


 人の良い人間は騙される、祭り上げられたんだお前はなんて言われましたが、それすらもコントロールできなかったのは自分の責任ですから、そうですねとしか言えないのです。


 ということで、この記事は東京に「帰省」するバスの中で書いています。わたしはすでに本籍を東京に移しており、生まれてから実家にいた期間より、東京で生活した期間の方が長いのです。ですので、もう地元に未練は一切ないですし、足元をしっかり見つつも、未来を見つめ続けていく人間となりたいと思っています。


 それにしても、よく恥ずかしげもなくこんな文を書くなぁと自分でも思うのですが、それだけ幸せなんですよね。文を書いているのが。赤裸々に書くのがとても楽しい。


 嘘をつけない自分が、嘘を書かずに表現するとき、本当に真価を発揮している気がします。売り込み方は下手ですが、何かをごまかして書いていた時よりもずっと文章が走っている気がします。すらすらと筆が滑るこの感じが、随筆家としての才能が拡大した事を少しだけ証明してくれているなんて、思ったりしてます。


 何も解決していないかもしれませんが、やはりわたしはどうやら次のステージに完全に到達したんだろうなと、この関門を突破しなければいけないんだろうなと、そう思うと、少し無気力だったわたしの心がムクムクと起き上がって、また東京に戻ろうと思いました。


 そう感じさせたのは、コルクラボの4月の課題図書「マチネの終わりに」を読み終わったからでした。


 蒔野の師匠である祖父江先生が麻痺したところと、蒔野も爪が剥がれて楽器を引けなくなったくだりがあり、主人公洋子もまた戦争によるPTSDがあるわけですが、わたしにはそういった外傷も、精神的な障害も今のところありません。胃がキリキリするだけです。


 だったら、なんとでもなるはずです。生きているんだから、五体満足なんだから、なんでもやれるはずです。自分を不幸だというのは簡単です。わたしは不幸ではないのです。単純に今回の件を経て、真の仲間と経営者としてのレベルアップを得るための通過儀礼であった、そう考えるべきでしょう。


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