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起業をすること、そして人生の意味

 今まで、個人と会社の線引がうまく出来ていませんでした。Socialの延長線上だったり、ブログもただ書けと言われて書いていたりと全然面白くない。だから続かなかったと言うのもあります。


 そもそも、なぜ会社を立ち上げたのかとか書かなければいけないことがたくさんあるはずなのに恥ずかしがって書いてきませんでした。


 「どーせ、読まれないし」


 そう思ってずっと中途半端に書いていたのですが、いやいや待てよと。


 どうせ読まれていないなら、好き放題書いたほうが健全じゃないか?そう思いました。どうして、そう思ったかというと、コルク代表の佐渡島庸平さんが主催する「コルクラボ」のランドクルーになったからです。入ったからというよりも、そこにいるメンバーの熱量に触発されたからと言ってもいいでしょう。


◆本当の起業の意味

 昔から、社会人、しかも大手企業にいると好き勝手に主張できません。ゲシュタポみたいにTwitterとかマジで上司に監視されていました。

 一介の下級武士が、主張なぞせんでいい!そんな封建社会のような空気が嫌で出たはずでした。しかし、待っていたのはさらなる同調圧力。そういうこと言わないほうが良いですよとかささやき女将のごとく言ってくる人もいます。

 脱藩したら守ってくれるものもなくなったので、自由だけど、自由が更にない、そしたらどうしたら良いのかと悩むわけです。力が欲しいと願ったりするわけですね。しかし、悪魔との契約をするほど勇気はなかったりしますし、そういう囁きこそ天命だ、だから自分の内なる声を信じず止まれと、そうやってこの3年ほど鳴かず飛ばずで生きてきました。

 それがいけなかった。

 全部関係ありません。人の意見は聞く、それを持って自分で判断する。良いと思ったものは良いわけで、納得いかなければ実行しなければよいのです。天命でも何でも無く、よく考えろよという案内でしか無い。つまり、鵜呑みにしてはいけないということ。


◆インターネット的を読んで圧倒的に変わった文章構成

 ラボの課題として糸井重里さんのインターネット的を読んでこいというのがあって、自分なりに考察が必要だった。文体を真似てみるというのもその中に入れてみた。

 これが自分の中でブレイクスルーとなったのは間違いない。このブログは糸井さんの文体を真似てないですけど。あぁ、こんなに柔らかく書くのってありなんだ、そうなんだと。 この本の中で、象徴的な言葉として「銀」と「毛」というのがある。(自分は完全スルーしていた言葉なんだけど、みんなが象徴的に使うので使っている)


 僕はとにかく銀的に文章を書いてきた人間でしたが、これやめれば良いんじゃね?的な、もっと毛になろうよと。何百字書いたら、H3タグ入れればGoogleさんは理解してくれるよとか、ホントはどうでもいいんじゃないかなと。


 それよりも、より多くの読者を獲得して、僕と、会社と、サービスを知ってもらったほうが良いんじゃないかな?って思うようになったのは間違いないです。