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2050年の世界と楽観主義者の未来予測

◆「未来予測本」への愚痴

 予言や未来予測と呼ばれる営み、とりわけ、破局の到来を告げるようなそれに、いったい何の価値があるのか。

 「こんな未来を作ります」という決意表明や構想発表でもなければ、「こんな未来がいいな」という理想や願望の表現ですらなく、「現実主義者」を気取って、経済や環境の危機、さらには、人類や地球の滅亡を偉そうに説くだけの予想屋。


 しかも、予想的中によって名声を得る可能性はあるにしても、外れたことでその責任を取らされるなんてリスクは、ほぼないのだろう。なんでそんな無責任な発言を一方的に聞かされて、それに戦々恐々としなければならないのか。

 いきなり未来予測に対する愚痴めいたものから始めてしまったが、ここで取り上げる『2050年の世界 英『エコノミスト』誌は予測する』と『楽観主義者の未来予測 テクノロジーの爆発的進化が世界を豊かにする』はともに、未来予測の本にほかならない。


 だが、どちらも、上記のような不満は織り込み済みであるどころか、自らすすんで、未来予測批判を展開しているのである。

◆「予言」はなぜ当たらないのか

 『2050年の世界』第20章のタイトルは、「予言はなぜ当たらないのか」。この章の執筆者はマット・リドリー(またはリドレー)。


  彼は冒頭から、【予言など徒労にすぎない。これまで未来を予測した者たちの誰にも予言の才がなかったことが立証されたし、これから先も例外はあるまい(と、わたしは自信満々で予言できる)。『2050年の世界』p.406】なんて書いている。


 それに続けて彼は、1970年代になされた予言の数々を、意地悪くも予言者の名前とともに引きながら、そのどれもが悲観的で、しかも外れたことを明らかにしている。 彼によれば、予言が外れる理由は、主に3つある。

1.ある年代まではほとんど未発達のままであったテクノロジーなどが、次の年代には爆発的な進歩を遂げることがあるから。 2.「世界を変える新機軸の大半が、理知的な構想や計画ではなく、やみくもな試行錯誤の賜物」だから。 3.「現状維持バイアス〔変化を回避し現状維持を志向する心理傾向〕の影響で、予測屋はじつは未来というより現時点についてずっと多くを語っている」から。(例えば、輸送分野で劇的な進歩が見られた時代に、交通手段や宇宙旅行に関して想像を逞しくしていた予言者たちがみな、携帯電話やインターネットについては何も予言できなかったという事態は、このような観点から説明できる。)

 リドリーは一方で、悲観的な予言は今後も現れ続ける、とも「予言」している。


 【2050年になっても、メディアが(どんな形態をとるにしろ)悲観論者たちに支配されているのはほぼ確実だろう。その時点でもまだ、今にも大災厄が起こると言われているはずだ。『2050年の世界』p.412】


 それというのも、「悪い話はよい話よりずっとニュースにしやすいから」であり、「穏当あるいは楽天的な声は、もっと極端で後ろ向きな予言にかき消される(p.412)」からである。


◆人間は、悲観的になりやすい

 『楽観主義者の未来予測』は、このような傾向について、リドリーの著作などを参照しつつ、人間の生理的な機能やさまざまな認知バイアスの観点から論じている。


 触りだけの紹介になるが、本書によれば、危険に対して敏感に反応する扁桃体の働きや、「ネガティビティ・バイアス」(ネガティブな情報や経験に重きを置いてしまう傾向)、「権威バイアス」(権威ある人を信じる傾向)等々が複合的に働くことで、人々は「大局的なことは悲観的に考えるよう」にできており、良いニュースよりも不吉な予言に反応しやす